私は親とは今絶縁しているのですが、そのきっかけは偶然でした。
それは絶縁できるきっかけを探していたらたまたま人前で母親が騒ぎをおこしたためです。
その出来事までは絶縁する準備をすすめつつ、色々な理由から絶縁のタイミングをみはからっていました。
そんなときに母親が騒ぎを起こしたために、それを理由に一気に絶縁までもっていくことができました。
もちろん私が絶縁する準備をすすめていたためにスムーズにいけたことも大きなポイントではあります。
『ただ絶縁したい!』という気もちだけでは、親との絶縁は絶対にうまくいきません。
きちんを自分の周りの状況を固めてから動かなくては、結局なあなあで押し通されてしまいますよ。
この記事では
・絶縁は準備してからじゃないと絶対うまくいかない理由
・親と絶縁するときのコツ
についてまとめています。
親との絶縁は夢ではありませんが、きちんとコツをおさえなくてはなりません。
私は親と絶縁して数年経ちましたが、現在はとっても快適に生きています。
あなたにも生きやすくなってほしいのでぜひこの記事を読み込んでください。
私が親と絶縁した当日何がおきていたのか
簡単にまとめると、
- 母親が休日の混雑したカフェでブチギレ
- 周りが騒然となる
- 私完全に目が覚める
- 連絡をもうとらないことを伝える
こういった経緯になります。そのまま私の実の父親や実家とも絶縁になりました。
▼以下当日の経緯になります。かならずしも読む必要はありませんので、このリンクで次の節【絶縁は準備してからじゃないと絶対うまくいかない理由】に移動してください。
私の母親って自分の思い通りの反応がないとキレるタイプなんですよね。
この日も会うのを断っていたのですが、LINE越しにだんだんと機嫌が悪くなる母に呆れて嫌々会っていました。
また母の日が近いGWだったこともあり、いわないとプレゼントをしない私にイライラがたまっていたのでしょうね。
のらりくらりと会話を交わしていたら突然母親が
「私の言うことなすこと全て否定しやがって!!!」
とブチギレました。
さらに
「私がせっかく提案してるのに全部否定して何が楽しいんだて!!」
ともいってましたね。
そこで周囲が騒然となりました。
もう…あのときのカフェの雰囲気は忘れられません。
今でも思い出すと恥ずかしかったし、気持ちよくごはん食べていた人たちに申し訳ない気もちでいっぱいです。
私も周囲の人たちがむける母親への視線ではっきりと目が冷めました。
『今しかない』
と思い、絶縁をする覚悟をしました。
母親もハッとそのときは我にかえった様子だったのですが、母親は生来のいじっぱりなのですぐに自分のしでかしたことを認められないようでした。
続けて母親が
母「どうせ私たち家族と縁切りたいと思ってるろ?!」
私「うん」
このときの「うん」をいった瞬間の雰囲気は一生忘れられないと思います。
そして最後に
母「…わかった。じゃあもう連絡しないからね(母としては皮肉ってるつもり)」
私「うん。ほうっておいて」
細かい経緯は省きましたが、これで終わりました。
終わって家についた瞬間肩の力が抜けましたね。
それ以来連絡はとっていません。
後悔なんて微塵もありません。
人前で騒ぎを起こして、それにたいして謝罪の言葉を一切いわない母親に幻滅しました。
あと母親としては『私の子どもが連絡をとらないことなんてできないはず』と思っていたのでしょうが…残念ながら特に連絡したいこともないのでまったく苦ではありません。
あなたもきっと親から連絡がこなくなったらホッとしてしまうなら、絶縁しても大丈夫ですよ。
むしろ安心できるでしょうね。
絶縁は準備してからじゃないと絶対うまくいかない理由
いきなり絶縁するととんでもないことになってしまう可能性があります。
捜索願がだされてしまうかも
あなたがいきなり『親と絶縁する!』と宣言していなくなったりしたら、警察に捜索願をだされてしまうかもしれませんよ。
警察に捜索願をだされるとちょっと大変です。
警察としても探さなくてはならないのですから。
ただし事前に警察に相談しておけば、身元の安全だけは確認されて警察を通して親に詳細が伝わることはありません。
もしあなたの親が捜索願をだすタイプだったら絶対に事前に警察に相談しておきましょう。
ちなみにこちらの毒親マンガの作者の方も、母親が捜索願をだすタイプの毒親でした。
作者の方が事前に警察に相談するくだりがマンガにかかれていますので参考になればよんでみてください。
親があなたのいない環境に慣れないと離れるのは厳しい
私も親と絶縁するにあたって意識したことの1つに
まずは親が自分のいない環境に慣れさせること
がありました。
いきなり絶縁を宣言するとあなたの親のことですからパニックになりますよね。
それは私の親も同じでパニックをおこしている姿がかんたんに想像できました。
ただでさえ人間は失うことを極度に恐れる習性をもっています。
なので私は東京で1人暮らしをはじめて親を慣れさせることにしたのです。
自分の気もちの整理
いざというとき、親ときっぱり決別することができますか?
感情的にならずに淡々と自分の気もちを伝える練習はしておきましょう。
感情的になると疲れますし、何をいってるか自分でもわからなくなります。
そのために
「親と絶縁して後悔しないか?」
「本当にいいのか」
と自分のなかで自問自答し、あなたなりの絶縁の文章を口にだして練習しておきましょう。
私もずっと前から練習していたので、ブチギレた母親から
「どうせ私たち家族と縁切りたいと思ってるろ?!」
という質問にたいして
「うん」
と即答できたのだと思います。
ほとんど反射で答えていましたけどね(笑)
罪悪感がないかといわれればそういうわけではないのですが、怒鳴られたり否定されていた環境に比べたらいまが幸せすぎて「絶縁してよかったな~」と思います。
「いざとなれば、そんなこといえるでしょ」
とこの記事をよんでいるあなたは思うかもしれませんが、そんなことありませんよ。
割と面と向かってブチ切れている人にこんなこといえたら、即答で「うん」なんて返事はいえないです。
つい顔色を伺って相手にとって都合のいい返事をしがちです。
なのでイメトレでいいので練習はしておいたほうがいいですよ。
経済面での覚悟
これが1番のネックで脱出できない人が大勢いると思います。
私も経済面が1番の悩みの種でした。
ただ私の場合経済面より命の危機を感じていたので、そこまで悩んでいる余裕はありませんでした。
「死ぬぐらいなら好きなことをやってからにしよ」
ぐらいの気もちでしたね。本気で。
とにかく100万貯めて実家脱出を目標に1年半強働いて脱出しました。
この時点で結婚、結婚式、新婚旅行は諦めました。
そもそも私は実家を脱出した時点では彼氏もいたことがありませんでしたしね。
とも思ってました。
東京に上京したからこそ今の夫にであいましたので、人生何があるかわかったもんじゃありません。
話を戻しますが、経済面での覚悟はしておきましょう。
親と絶縁をしたときのことを考えて
「本当に私は自力で生活できるのかを知る」
というのが東京で1人暮らしをするときの私のテーマの1つでした。
重く考えて1人暮らしをするより、軽い気もちで1人暮らしをしたほうが絶対いいです。
【今からできる】親と絶縁するときの準備
私的親と絶縁するときのコツとしては以下の通りです。
事前に親と物理的・経済的に距離をとること
絶対に絶縁には別居は必要です。
1人暮らしをしてから絶縁の計画を練りましょう。
親がどういうタイプの性格かきちんと分析しておくこと
毒親問題が深刻になりやすい原因の1つに、親の性格によって対応がかわることがあると私は考えています。
つまりあなたにはあなたの対応策が必要なんです。
私の絶縁の方法も参考にはなるとは思いますが、あなたの親にあわせた絶縁の方法・タイミングをきちんと練らなくてはなりません。
そのためには親がどういうタイプがしっかりと分析しておくことが大事です。
例えば私の親のばあい、
・超不安症
・世間体を何よりも気にするタイプ
・第三者がいると黙る
・行動力がない
・真面目なので会社をさぼれない→遠くまで引っ越せば急に押しかけてこない
こういったことが特徴としてあげられました。
なので上京して他人の目がたくさんある環境にいこうと決意できました。
まあ上京してみたかったこともあるんですけどね。
きちんと親の性格の分析をして、弱点をしっかり把握しておきましょう。
親をあなたがいない環境になれさせておくこと
くりかえしになりますが、親があなたのいない環境になれていないとパニックになりやすいことだけはよく覚えておきましょう。
なのでいきなりいなくなるのではなく、準備しつつ、物理的に距離をとってから、連絡を断つのが1番です。
そのためにも1人暮らしは必須です。
できる限り親が不利になる理由を作ると絶縁しやすい
何度もいっていますが私の場合、
・準備をして「いつ絶縁しようかな」と探っている状態だったこと
・母親が人前で発狂して色々な人からドン引きされた現場を直接目撃したこと
この2つが重なったためスムーズに絶縁することができました。
特に2番目の『母親が人前で発狂して色々な人からドン引きされた現場を直接目撃したこと』がかなり大きかったです。
正直、”理由ができた”と思います。
うちの父親も母親も『世間体を超気にする性格』なので、人前ではボロをだしたことがありませんでした。
だからこそ今回の母親の反応は、なかなかないチャンスでしたね。
私も「はっきりいって人前であのように発狂するのは引いた」と避ける理由をいいやすいですしね。
あと母をみていた周りの人たちの視線が忘れられません。
「私今まで何を相手にしてたんだろう」
と目が覚める思いでした。
補足:日記をかいててよかった
母親との絶縁騒動がおきたのは今から数年前のできごとです。
※私のプロフィールでは毒親から独立したのは5年以上前と書いているのは1人暮らしを始めたときのことです。
親と完全に絶縁したのが数年前です。
なぜ親と1人暮らしを始めたときに絶縁にしなかったのかについてはコチラで説明しています→東京で1人暮らしを始めたとき親と絶縁しましたか?という質問について回答します。
この記事を書くにあたってその日の日記をよんでいたのですが、忘れてることが結構ありました。
母親にいわれたことや私がなんて返したかについても詳細にかいてあったので、かなり思い出すことができました。
他の記事にもかいていますが、親にされたことはすぐにメモしましょう。日記にかいててよかったと思いました。
さいごに
この記事では私の母親と絶縁したときの話をもとに
・絶縁は準備してからじゃないと絶対うまくいかない理由
・親と絶縁するコツ
について解説しています。
母親と絶縁したときはしばらく放心状態でした。
でも「はっきりいえてよかったな」とスッキリした気もちにだんだんなっていきました。
あれからもう会っていませんが、おそらく私の母親のことですからそろそろ連絡をとってくる時期だなと思っています。
もう二度と会わないようにこれからもがんばります。
この記事を読んでいるあなたもいずれは絶縁したいと思っているはず。
何度もいっていますが確実に親と絶縁するにはきちんと準備をしてください。
いきあたりばったりの行動では結局元通りになってしまいますよ。
親と絶縁したいと思っているならこの記事に書いてあること参考に計画を練ってくださいね。
他にも読まれている記事はこちらです。
私の実家を脱出した話については以下の記事の先でまとめています。